前回のコラム「【展示会レポート】コンテンツ東京で見えたIPビジネスの最前線。ライセンサーとライセンシーが繋がるための課題とは」では、コンテンツ東京の現場から、ライセンサーとライセンシーが繋がるための課題を3つの切り口で見ました。実績のない新規・新興IP、今風のグッズへ落とし込みきれない伝統あるブランド・アセット、キャラクターを持たないライフスタイルIP──。どれも「どう商品化を伝えるか」という、作り手と作り手の間にある課題でした。
ですが、その手前に、もう一つ大きな問いがあります。そもそも、ファンは何を求めてグッズを手に取るのか。ここを取り違えると、どれだけ丁寧な企画書を用意しても、熱は生まれません。今回は、推し活の現場をよく知るOshicoco社の知見も借りながら、「ファンの側」から眠れるIPの価値を見つめ直してみます。
本題に入る前に、言葉を一つそろえておきます。ここで言うIP(知的財産)とは、アニメやキャラクターだけを指すのではありません。ロゴやブランド名、製品の形、さらには長年で培われた知名度や世界観まで——「誰かが価値を感じてくれる、固有の何か」のすべてを含みます。法律で守られる著作権・商標権・意匠権はもちろん、まだ権利の形になっていない記憶や愛着も、ビジネスの場では立派なIPです。
「版権」と呼ばれることもありますが、これは主に著作権まわりを指す通称で、IPの一部にすぎません。この記事では、もっと広くIPを捉えます。前回ふれた「アセット」も、そうしたIPの一つです。だからこそ、廃盤になった車も、地域の名物も、眠れるIPになりえます。
推し活を「ファンがグッズを買う行為」と捉えると、話はとても小さくなります。実際の現場は、はるかに能動的です。
Oshicoco社は、推し活に特化したメディアとオンラインストア、そして全国での催事を通じて、ファンの動きを間近で見てきました。同社が共同設立した調査機関「推し活総研」の調べでは、推し活市場の規模は約4.1兆円に達し、国内の清涼飲料市場(約4.7兆円)に迫ります。その熱は、もはや一過性のものではありません。
膨大な現場から見えてくるのは、ファンは「与えられた完成品を買う」だけでは満たされない、という事実です。同じアクリルスタンド一つでも、ファンは自分の推しに合わせて選び、飾り、持ち歩く。「好き」を、自分の生活のなかの"自分だけの形"に変えたい——この衝動こそ、推し活の中心にあるものです。
つまり推し活とは、消費というより、表現に近い。ここを起点に置くと、IPの価値の見え方が変わってきます。
従来のIP活用は、権利元が完成品を設計し、ファンはそれを買う、という一方通行の形が中心でした。けれど推し活が教えてくれるのは、ファンは"作り込まれた完成品"よりも、"自分の手で広げられる余白"を求めている、ということです。
Oshicoco社の多田夏帆代表も、出版社や芸能事務所、IPの管理会社などから相談を受けるなかで、似た手応えを語っています。タレントを見つけ世に広める力は申し分ないのに、いざグッズになると「推し活女子の気持ちまでもう少し」届かないことがある、と(Link X Journal、2025年)。広める力と、ファンの手元の熱との間に、わずかな溝があるのです。
この溝は、IPが悪いわけでも、企画が雑なわけでもありません。「ファンがどう広げたいか」を先に想像できていない、というだけのこと。逆に言えば、余白を残したIPほど、ファンの手で思いがけない広がり方をします。
具体例で考えてみます。たとえば、もう生産されていない往年の名車両。メーカーにとっては過去の製品かもしれませんが、その姿に思い入れを抱く人は今も少なくありません。これは立派なIP、眠れるアセットです。
ここに推し活の視点を重ねると、どうなるか。Oshicoco社は「推し活×モビリティ」という切り口で、人が乗り物に寄せる愛着を調べる試みも行っています。車もまた、誰かにとっての"推し"になりうる、ということです。
その名車両の姿を、ファンが自分の推し——好きなキャラクターでも、思い出の場所でも——と掛け合わせ、自分だけの一品に仕立てる。これは権利元が用意した完成品ではなく、ファンが余白を使って広げた価値です。眠っていたIPが、ファンの手を経て、再び日常のなかで生き直す。これこそ、推し活が眠れるIPに与えられる役割だと考えています。
ここまではファンの側から話を進めてきました。では、IPを持つ側——ライセンサーを目指すIPホルダーは、何から始めればいいのでしょうか。完成品づくりを一段手前で止めて考える、3つの提案にまとめます。
在庫リスクを見積もる前に、ファンが自分の形にしたくなる余白が、そのIPにあるかを見る。需要があるかどうかは、その問いの答えのなかに隠れています。
完璧な完成品より、ファンが手を加えられる余地をあえて残す。隙のないデザインは美しい一方で、ファンが入り込む隙間まで塞いでしまうことがあります。
試作品をいくつも作る前に、「このIPがファンの手でどう広がるか」を一度描いてみる。広がった姿が見えれば、本当に進めるべきかどうかの判断も、ぐっと早くなります。
3つに共通するのは、完成品を急がない、という姿勢です。急いで形にするより、ファンの余白を先に見る。それが、眠れるIPを起こす近道になります。
ファンが求めているのは、完成品ではなく余白である——。この記事で伝えたかったのは、その一点です。
手元のIPに、ファンが入り込める余白はあるか。眠っているアセットは、誰かの"推し"になりうるか。まずはこの問いを、自分のIPに向けてみるところから始まります。
考えを形にする手立ては、いくつもあります。たとえば、試作品を作らずに「広がった未来図」を画面で見せる仕組みもあり、私たちが提供する「i-DESIGNER」もその一つです。ただ、どんな手立てを使うかは、その次の話。大切なのは、まず「自分のIPの余白」に気づくことだと考えています。