前回のコラムで、C2M(Consumer to Manufacture)の仕組みと、「注文データと製造データの断絶」という構造的課題を整理しました。
(参考:C2Mとは? 世界で広がる"消費者→製造"直結モデルの現状と課題)
C2Mには製造側のデータ変換の壁がある一方で、消費者の側にも変化が起きています。お気に入りの写真を使って、世界に一つだけのグッズを作りたい。そんな「自分で作る楽しさ」を求める方が増えています。
この楽しさを、そのまま製品に変える考え方が「D2M(Design to Manufacture)」です。ただし、D2MはC2Mの課題を修正した「改良版」ではありません。出発点そのものが違います。その違いを、このコラムで整理します。
D2Mとは、ユーザーが楽しんだデザインを、そのまま形(製品)にするビジネスモデル。この一文を3つの要素に分解します。
ここでいう"ユーザー"とは、単に商品を消費する人ではありません。自分の素材を持ち込み、デザインを楽しみ、自分だけの一点を誂(あつら)える。この体験の主体を、私たちは"ユーザー"と呼んでいます。
"ユーザー"がWeb上のシミュレーター画面で、自分のスマートフォンに入っているお気に入りの写真やイラストを取り込み、用意された文字・アイコン・カラーパレットと組み合わせて、自分だけのデザインを仕上げる体験です。あらかじめ用意されたテンプレートやカラーバリエーションから選ぶ使い方もできます。
「自分の素材で作れるから楽しい」──この楽しさがD2Mの出発点です。
"ユーザー"の操作一つひとつが、裏側で製造に必要なデータ(色の指定、印刷仕様など)に自動的に変換されます。つまり、"ユーザー"の操作が、そのまま製造指示書に変換される仕組みです。高度な製造知識がなくても、ミスのない注文が完結します。
たとえばテクノアのi-DESIGNER®(アイデザイナー)では、"ユーザー"が画像をアップロードした場合でも、解像度が印刷基準を満たさなければシステムが受け付けない仕組みを備えており、入稿段階でのデータ不備を防いでいます。
画面上で「これにしよう」と確定したプレビューが、そのまま届く製品と一致します。プレビュー通りの製品が届く、データの整合性が保証された構造です。
自分の写真で作った、自分だけの一点が手元に届く。この喜びがD2Mの体験価値です。
C2Mの出発点は「製造側の課題」です。
大量に作って、大量に並べて、売れ残るリスクを抱える──この従来モデルの非効率を解消するために「注文を受けてから作ろう」という発想が生まれました。「いかに効率よく作るか」「いかに在庫を持たないか」という製造側の論理から生まれたのがC2Mです。
合理的な考え方ですが、起点はあくまで「売る側・作る側の都合」にあります。
D2Mの出発点は「デザインの楽しさ」です。
スマートフォンの普及、通信回線の高速化、デバイスの進化により、誰もがオンラインでリッチなデザインツールに触れられるようになりました。大量に提供される均一な商品ではなく、自分の写真を使って、自分だけのものを作りたい。この「作る楽しさ」を求める方が増えています。推し活グッズはその象徴です。
D2Mは、この楽しさをそのまま製造に届けるモデルとして成立しています。
C2Mが「効率」から始まったのに対し、D2Mは「楽しさ」から始まっている。この差が決定的に重要です。
> C2Mは"注文"を製造に届ける。D2Mは"体験"を製造に届ける。
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比較軸 |
C2M |
D2M |
|---|---|---|
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出発点 |
製造側の課題 |
"ユーザー"の体験 |
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起点 |
消費者が「注文」する |
"ユーザー"が |
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データ変換 |
注文を受けた後、スタッフが手作業で変換する必要がある |
デザインを楽しむ操作の中で自動的にできあがる |
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主な価値 |
在庫削減・受注生産 |
体験と製造の直結 |
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購入までの |
「注文した」と自覚している |
「楽しんだ」だけ |
前回のコラムで触れた「PANTONEの何番か問題」──消費者が「赤いTシャツ」と注文した後、スタッフが色番号や発色補正を判断する工程がC2Mでは発生していました。D2Mでは、"ユーザー"がシミュレーター上で「この赤」を選んだ時点で、印刷で再現できる色の指定として確定しています。"ユーザー"は「好きな赤を選んだ」だけです。
「ロゴデータです」とExcelファイルが届いたものの、貼られていたのは小さな画像で、拡大すると粗くなり印刷には使えない。こうした場面もC2Mでは日常的に起きています。スタッフがお客様に再送を依頼し、返事を待つ間、製造工程には進めません。D2Mでは、"ユーザー"が自分の画像を持ち込んでも、シミュレーター上で印刷基準を満たすかどうかがチェックされるため、こうした問題が構造的に発生しにくくなっています。
個別受注型・多品種少量生産を得意とする中小の製造業は、もともと「1つひとつ違うものを作る力」を持っています。しかし、この力はこれまで主にBtoB(企業間取引)の中でしか活かされてきませんでした。営業担当者がヒアリングし、仕様書を確定し、1社ずつ個別に対応する世界です。
この「個別対応力」を"ユーザー"に直接届ける道を開くのがD2Mです。
"ユーザー"がデザインを楽しんだ瞬間に製造に必要なデータがそろうため、営業のヒアリングもデータ変換の手間も大幅に減ります。大手企業は大量生産・均一品質が得意ですが、個別対応は本来得意ではありません。
D2Mにおいては、中小が持つ「個別対応力」と「小回りのよさ」が、BtoCのフィールドで初めて武器になり得ます。
"ユーザー"が「自分の素材で作る楽しさ」を求めるほど、1個ずつ違うものを作れる中小の力が活きてきます。D2Mは大手のためのモデルではなく、中小のためのモデルでもあるのです。
D2Mは、"ユーザー"が「デザインを選ぶ・決める」要素がある商品全般に適用できます。ただし、その使い方は一様ではありません。事業の目的によって、果たす役割は異なります。
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目的 |
具体例 |
D2Mが果たす役割 |
|---|---|---|
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製品をカスタムオーダーで届けたい |
ユニフォーム |
"ユーザー"のデザイン体験がそのまま製造指示のデータに使える |
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オリジナルグッズの受注を効率化したい |
アクリルキーホルダー |
"ユーザー"が自分の写真や画像を持ち込み、デザインツールで仕上げた「自分だけの一点」をそのまま製品化できる仕組み |
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まずは商品の見え方を消費者に体験させたい |
Webカラーシミュレーション |
デザイン体験の提供から始め、必要に応じて受注・製造への接続を検討できる |
いずれの場合も、"ユーザー"がデザインを楽しむ体験が起点であることは共通しています。目的に合わせて、必要な範囲から始められるのがD2Mの特徴です。
推し活・オリジナルグッズの分野では、テクノアが株式会社Oshicocoと共同で取り組みを進めています。
(参考:[テクノア×Oshicoco共同プレスリリース(PR TIMES)](URL))
実際の導入では、「Webシミュレーターで自社商品の見せ方を変えたい」というご相談から始まるケースが多くあります。まずは一つのアイテムから始めて、自社の業務に合わせて活用範囲を広げていくことも可能です。
テクノアがデザインと製造の接点に立ったのは、D2Mという言葉よりずっと前のことです。
1999年、工業技術院(現在の産総研)や岐阜県との共同開発で、業界初の仮想縫製システムを世に出しています。服飾業界でのコンピュータ利用を目指し、洋服の色や質感をデジタルで再現する技術が、i-DESIGNERの原点です。
この技術をWebサービスへ活用する中で、テクノアは事業者の製造現場での問題に直面しました。デザインのデータが、そのまま製造に使えない。消費者が思い描いた完成形と、製造現場が必要とする情報の間にギャップがある。この課題を解決するために、GOODS2Dやラシムといったサービスへと進化を重ねてきました。
服飾のデジタル化から始まり、Webシミュレーターの開発、スポーツウェアやグッズへの業界展開、ECプラットフォームとの連携、AIによる自動配色。テクノアは「デザイン体験を、どうやって製造に届けるか」という問いを常に続けています。
D2Mは、テクノアがこの問いに名前をつけたものです。
C2Mは製造ありき。D2Mはデザインありき。出発点が違うからこそ、見える景色が違います。
自分の写真で、自分だけのものを作る楽しさ。
その楽しさがそのまま製品になって届く喜び。
D2Mが届けるのは、この体験そのものです。
D2Mはテクノアが提唱する新しい概念です。だからこそ、「自社のビジネスならどう取り入れられるか」を一緒に考えていける余地があります。個別対応力を持つ中小事業者にとって、D2Mは自社の強みを"ユーザー"に直接届けるチャンスになるのではないでしょうか。
Q1. D2Mを導入するには、既存のECシステムを全面的に入れ替える必要がありますか?
全面入れ替えは不要です。
カラーシミュレーターの導入から段階的に拡張していく方法があります。まずは既存のEC基盤にシミュレーション機能を追加する形が現実的です。
Q2. D2Mはどのような業種・商品に向いていますか?
アパレル、ユニフォーム、オリジナルグッズ、ノベルティなど「"ユーザー"がデザインを選ぶ・決める」要素がある商品全般に適用できます。
Q3. C2MとD2Mは対立する概念ですか?
対立ではありません。
C2Mは「製造側の課題」から生まれ、D2Mは「"ユーザー"の楽しさ」を起点にテクノアが提唱した概念です。出発点は異なりますが、購入する側と製造する側を繋ぐという方向性は共通しています。
Q4. 推し活やオリジナルグッズの分野でもD2Mは使えますか?
使えます。
自分のスマートフォンに入っている写真やイラストを持ち込み、デザインツールで仕上げて注文できる仕組みそのものがD2Mの体験です。